マレーシアのバドミントンの星『Sidek 兄弟』紹介
 Misbun Sidek 1986 全英シングルス準優勝、世界選手権 1982準優勝
 Razif Sidek/Jalani Sidek 全英ダブルス 1982優勝 1986,1988準優勝、グランプリダブルス1986,1988,1989,1991優勝, 世界選手権ダブルス 1990、1991優勝 1988準優勝。
 Rashid Sidek 全英シングルス 1996準優勝,グランプリシングルス 1990準優勝、1992優勝

 全英、世界選手権、グランプリに3つの世界大会の過去の決勝の記録を見ただけで、上記のようなシデク兄弟の名前を見つけることができる。ジャパンオープンをはじめとする主な世界大会も含めれば数え切れないほど活躍をしており、1980年代、1990年代のバドミントン界にひときわ輝くマレーシアの兄弟星であった。その活躍に対して、マレーシアは父であるシデク氏に『ダト』の称号を与えている。

 世界で活躍したのは五人の男兄弟である。
長男:Mohammad Misbun bin Mohammad Sidek (通称 ミスボン)17/2/1960生まれ・・・・シングルス
次男:Mohammad Razif bin Mohammad Sidek (通称 ラジフ)・・・・・・・ダブルス
三男:Mohammad Jalani bin Mohammad Sidek (通称 ジャラニ)・・・・・ダブルス
四男:Abdul Rahman bin Mohammad Sidek (通称 ラフマン)・・・・・・・・ダブルス
五男:Abdul Rashid bin Mohammad Shidek (通称 ラシド)1968生まれ・・・・・・・・・・シングルス

 実際は、シデク兄弟姉妹8名である。長男ミスボンの上に長女がおり、五男ラシドの下に次女が、そして、末っ子はまだ16歳の六男 Mohammad Shahrizanである。リザンは、まだバド界には名前を刻んでいない。

 シデク兄弟は国民的なアイドルで、特に長男のミスボンは首相の次に有名と言われるほど誰でも知っている人物である。また、子供用の週刊コミック誌にマレーシアのバドミントンヒーロー『Anak-Anak Sidek(シデクの子供達)』が現在至るところで売られている。さらに、最近まで現役で活躍していた甘いマスクの末っ子ラシドは、映画の主演男優としてスクリーン上に登場しているほどだ。コミックを紹介しておこう。
これがコミック『Anak-Anak Sidek(シデクの子供達)』の2002年10月1日号表紙。・・ RM2.00(70円) コミック誌の中に登場する五兄弟のキャラクターと本人達の写真。

 ミスボンから始まったシデク兄弟の世界での活躍は今一段落ついている。しかし、彼らが中心になって運営している『Nusa Mahsuri』からは引き続き次々と有名選手が生まれている。現在活躍中のロスリン(Mohammad Roslin bin Hashim)と、ハーフィズ(Mohammad Hafiz bin Hashim)らがそれである。さらに、今後数年のうちに期待が持てるのが、ミスボンの子供達である。長男はすでに11歳となり、伸び盛りであり、着々と強化は進んでいる。
現在のシデク兄弟たちの写真(2002年12月22日撮影)
ミスボン家にて、左から、ラシド、ミスボン、ミスボンの長男、浜中誠(愛媛県バドミントン協会会長、元日本バドミントン協会理事、浜中裕太、ミスボン次男、ハーフィズ=ハーシム 集まるツワモノ達。左からラシド、ラフマン、ロスリン=ハーシム、シデク氏、ミスボン。
現在はチーム代表であるジャラニとコーチのラフマン。練習後にダブルスを楽しむ。左からジャラニ=シデク、ラフマン=シデク。 期待をかける息子の代。左から、松山東中一年、浜中裕太(12)とミスボンの長男(11歳)。