イズワン (Mohamad Izuan Ibrahim)
 
 
 
 世界ジュニア選手権 於台北市 2011/10/28−11/6
男子単準決勝、日本のエース桃田-ズルファドリ(マレーシア)戦開始。桃田は健闘したもののアジアジュニアに続きズルファドリに敗れた。 シングルスのインターバルで。
コーチ席でゲームを見守る。 ダブルスのインターバル
選手役員ショッピングセンターでも団体行動。イズワンのパフォーマンスはオーバー過ぎ。どこにいてもけん引役。 団体戦終了、個人戦開始までのオフデイ。ショッピングセンターで気分転換。兄貴分のイズワンと日本男子チームと。
 全選手役員が集うパーティーで日本女子チーム 大会開始からずっとメディアに追いかけられていたアジアジュニアチャンピオン・ズルファドリ(マレーシア/イズワンの教え子)。結局、前回チャンピオンViktor(デンマーク/サリムの教え子)を破り、世界ジュニアチャンピオンとなるのである。
甲南大学夏季合宿 2011年8月7日〜13日
2011年8月7日〜13日ヌサマハスリの先輩でもあるノルウェーのチーフコーチ・サリム・サメオン(左)が1週間の予定で甲南大学合宿の指導に来日したので、特別に休みをもらい、同コーチの補佐をしながら、世界トップのコーチング技術の確認のため参加。サリム・サメオンは昨年の世界ジュニアチャンピオンViktor Axelsenを育てた指導者で、世界一流コーチとして一目置かれている。先輩サリムと意見交換を行いアドバイスももらった。

2011年8月甲南大学夏季合宿写真集
アジアジュニア選手権 於インド・ラクナウ市 2011/7/2-9
プチョン市ジュニアの教え子ズルファドリは、今やポスト リー・チョンウェイの呼び声も高く期待されたスター選手。ヌサで指導してきたラムダーンも現在ポスト リーチョンウェイと言われいる。あと一人イスカンダルを加えた3羽ガラスのうち二人はイズワンの指導を受けたことのあるジュニアである。 インドネシアの元有名選手たちと一緒にスナップ。
 
 2011/7/2-9アジアジュニア。男子シングルス上位3名記念撮影。優勝はズルファドリ(マレーシア)である。プタリン市でジュニア時代イズワンが指導していた教え子である。桃田(富岡高)に策を授けて、あと一歩まで追い込んだが、2ゲーム目19オールでミスジャッジが響きファイナルに持ち込めなかった。もしも、ファイナルになれば桃田が勝っていたかもしれない。
 2011/7/2-9アジアジュニア。団体戦日本対中国。インターバルにアドバイスをするイズワン。古賀・千葉組(埼玉栄)は善戦したが、ファイナルで涙。 2011/7/2-9アジアジュニア。個人戦ミックス、コーチ席で見守るイズワン。 
2011/7/2-9インドのラクナウで開催されたアジアジュニアU19にイズワンはナショナルジュニアコーチとして参加。 2011/7/2-9アジアジュニア。食事時、選手達と一緒にスナップ 
イズワンがもたらしたもの:世界大会の会場で日本の選手はいつも観客席の隅っこに陣取って固まっている。私はそういう日本選手団を見てきた。日本選手がミスボン・シデク(マレーシアコーチ)の前を通るときは微笑んで軽く会釈をして行き、声をかけることはない。ミスボンの指導を受けた経験のある選手でさえそうである。「日本の選手ってみんなこうなの?」と聞くと、そのようだ。チームの規律で試合会場でそうしていることもあろうが、言葉ができないのも1つの原因ではある。また別の言い方をすれば、会場に溶け込めず、孤立しているのである。それでは持てる力をコート上で発揮できない。今回の遠征でイズワンは同じものを感じ取っていたそうだ。
 試合が終わった選手たちにイズワンは他国の選手たちと積極的に交流するように薦めたそうだ。言葉がわからない子にはイズワンが通訳をかってでるおまけ付き。めずらしく、日本の選手が他国の選手と同じ写真に収まっているものがたくさんあった。それも選手達の目は生き生きとしていた。日本が世界で勝っていくためには、他国の選手たちと会話することから始めるべきではなかろうか。目の輝いている選手は結果を持ってきてくれるにちがいない。・・・・浜中彰
コーチングアカデミー 2011年6月22日〜24日
 2011年6月22日〜24日外国人スポーツ指導者の研修会、コーチングアカデミーが開催された。明治神宮武道場。 2011年6月22日〜24日明治神宮武道場。
ナショナルジュニアチーム集合 2011年4月18日〜24日
2011年4月18日ノックするイズワン 2011年4月19日日本語でアドバイス
2011年4月18日〜24日ナショナルトレーニングセンター前で 2011年4月18日 ジュニアナショナルU19の強化練習開始式